コロナ禍の神事

新型コロナウイルスというやっかいなものが流行ってしまいました。世界中で起きてることを日本のみと言ってしまっても過言ではない神道という概念から書くのは憚られるのでありますが、日本的考え方と、勝手に解釈して、私の都合の一切で書いてみます、だって私のブログなので。

実はコロナ禍で神事を取りやめる神社も現れたとききました。

神輿をだすようなことは、避けても仕方無いかと思いますが、宮司が祝詞を神様に神前にて奏上する、この肝心な行為まで取りやめている事に関して書くのです。

自然災害が起きないように祭を行うことは以前書きましたが、実は一向に日本は自然災害が減りません。しかし、私たちがしばらく穏やかな自然の中に暮らしていたので記憶が消えているだけで、実際は西暦700年のころの日本は、干ばつや地震は毎年のようにおこり、天然痘のような疫病も人々を苦しめていました。

今の日本はもしかしたらそれに近いかもしれません。予想される方は、バチが当たって災害が起きたのか?と思われたりしてお怒りになるとかはあるかもしれませんが、

そんなつもりはありません。たとえそう感じられてもそうではないです。

神がバチを与えるのではなく人間の生活に元々大地が向いていないと考えそれが、神様のご機嫌がよろしくない状態であり、よろしい穏やかな状態にする知恵が先祖が伝える各地の祭ではないか?

そう書いておきたいのです。西暦700年ころは、奈良に大仏様が造られました。

国家の安寧が祈られたのです。各地の神社仏閣での神や仏に祈り自然界の神々が穏やかに、

そういう祈りの形が、現在は日本各地で形骸化され、過疎をいいわけに中止され今回はコロナが影響して、

もはや手遅れかもしれず、一応書いおこうと考えました。

また続きは書きます。写真は本日総代会で配布した資料の一部です。


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